2010年07月31日

歌の贈りもの -今だから-


SilverJune2.jpg


(本日のポストは、ボーカルchi-Bのブログ記事を転載しています。)

”あまりに遠く 過ぎた過去だけど 本当は 今だからわかる あの頃の二人のこと…”

気持ちを込めてそうっと歌うこと。歌の思いを音色と息にのせること。歌だけではなくて、楽器でも同じことだと思うのですが、音楽にとってはリズムや音程や声量と共に、ときにはもっとそれ以上に、大事なことなのだろうと思います。このことの大切さに気づいたミュージシャンは誰もみんな、私も、日夜それに命をかけるような心意気で音楽をやっていくことになるのですが、言葉で書くほど簡単なことではないのです。心の奥底と出てくる声は、ひとつの細い糸でつながっているかのように思え、自分の心とはいえ、自分の勝手な思惑通りにはたやすくコントロールできはしません。ある程度なら練習や経験でできたとしても、そこから先は…今の私にとっては未知の世界です。それを思うたびに思い出す、masta.Gから聞かせてもらった、あるエピソードのことを書いてみようと思います。

1970年代後半、masta.Gが東京のワーナー・パイオニアでレコーディング・ディレクターをしていた頃、歌手の小坂明子さんのレコード制作を担当したことがありました。小坂明子さんと言えば、「あなた」で一大センセーションを巻き起こしてデビューされたピアノ&ボーカルの女性歌手です。(私も中学生の時にこのドーナツ盤を買って聴いていた記憶もあります。学校の先生に「お前やったら持ってるやろう?貸してくれ。」と頼まれて、昼食のときにかかる校内放送に流れたことがありました。)豊かな艶やかな声の持ち主の小坂さんのこの曲を知らない人はあまりいないと思います。その「あなた」のヒットから数年たって、新しい曲でシングル・レコードを作ろうという仕事に携わった時のことです。

当時のワーナーの社長さんがアメリカ旅行に行った際に、何処へ行っても毎日かかっている全米での超ヒット曲がありました。ビルボード・チャートで第一位を獲得し、グラミー賞も獲ったその曲は、バリー・マニロウさんの歌う"I Write The Songs"(邦題:歌の贈り物 written by Bruce Johnston ←ビーチ・ボーイズのメンバー)。「この歌を日本語で小坂明子に歌わせたい。」…社長さんからのお達しアイデアが出されました。バリー・マニロウさんのピアノを弾きながらダイナミックに歌う姿が、同じくピアノ弾き語りの小坂明子さんの姿に重なったのかもしれません。




上司の前川ディレクターさんから、「誰が歌ってるのか分からないように作ってくれ。これまでの小坂明子のイメージを壊してくれ。」との注文もつき、さっそく日本語の詩が作詞家の手によって書きおろされました。元歌の内容は、とてもスケールの大きな歌で、歌詞の中の第一人称”私”は、イコール”音楽そのもの”という設定になっていて、バリーさんは音楽のスピリットに捧げる曲として歌っているとLIVEのMCで言っておられます。そして今回、小坂さんのために書き下ろされたカバー曲は、この壮大なコンセプトをそのまま使うことはせず、ひとりの女の子が過ぎ去った昔の恋への思いを歌う曲となって出来上がって来ました。レコーディングが始まりましたが、masta.Gはどうしても小坂さんの歌い方が気に入らない。masta.Gが特にこだわったのは、この歌の歌いだしの一定の部分。


”あまりに遠く 過ぎた過去だけど 本当は 今だからわかる あの頃の二人のこと

 淋しさと憧れが ガラスの恋つくってたの 愛する重さも知らず 落として壊れた”


何度録音し直しても、小坂さんは、それが彼女の魅力と持ち味なのだけど、明るく元気よく朗々と歌ってしまうのでした。そしてmasta.Gは、もちろんOKを出すことはしなかった。「違う、そうじゃない、この歌はそうじゃない。」と言い続けたのでしょう、きっと。ついに「君は恋愛をしたことがないんか。大事に大事にしてた大切な、綺麗なガラス細工の何かが、自分の一瞬の不注意でハッ!と手からすべって落ちて、割れてしまった気持が君はわからんか?」と言われて、小坂さんは、「できません…」とうつむいてしゅんとしてしまい、おそらく泣きだしたのでしょう。「いや。ダメです。歌わないとダメです。もう今日しか録音する時間がありません。」とmasta.Gはさらに言ったらしいです。この日は、ジャズ、ミュージカル、CMなどを多数手がける作曲家であるお父さんも一緒に来られていたらしく、masta.Gは心の中で「お父さんが止めたら、もうやめよう。」と思っていたらしいのですが、この経緯を見つめていたお父さんは、黙ってそっとスタジオから出て行かれたそうです。そこでもうワンテイク!これがmasta.GからのOKを獲得します。しゅんとして、泣いて、元気をなくした不安定で震えるようなその歌声が、切なく過去を振り返る女の子の気持ちにバッチリと重なったのでしょう。まさしくその瞬間の音がレコードになり、松本隆さん作詞の「トワイライト神戸」をB面として発売されました。今もmasta.Gの家には、このシングル・レコードが置かれていて、ときおり取り出してみては何度もそのことを口にしておられます。ジャケット写真はmasta.Gの盟友 佐藤ヒデキさんによるものです。その日その時の小坂さんの歌声を、先日youtubeで見つけました。

ima3.jpg




今もボーカリスト・ピアニストとして活躍されている小坂明子さんには、数年前にネットを通じてmasta.Gのメッセージを送ったことがあり、たいへん懐かしがっておられました。泣いたあとでもこんなに歌えることは、私は素晴らしいと思うし、プロフェッショナルだなと尊敬も感じます。この歌は最後まで通しのつぎはぎなしのワンテイクだそうです。あの、masta.Gからダメ出しを受けるときの、なんとも形容しがたい途方に暮れるような思いは、私は誰よりも知っているし、それがいかに大事なのかもわかります。多くの人たちがそうであったようにスネたり怒ったり逃げたりしなかったからこそ、この声がこうして残っているのだなと嬉しくなります。よく頑張られました!明子さん。良い歌を残してくれてありがとう。そして、masta.Gさん、この当時は20歳〜21歳そこそこだったはずですが、よく音楽を深く考えて理解して女性歌手を説得するほどであったなぁ、と改めてリスペクトの気持ちがわきます。ブルース・ジョンストン、バリー・マニロウ、小坂明子、masta.G…なんの関係も無いように見えて、実はちゃんと音楽でつながってると思うと、なんとも楽しい気持ちになります。音楽はやっぱりいいねぇ。日本語の方も英語の方も、どっちも素敵です。

もう15年も前のこと、父が入院したためにLA留学を切り上げて帰国したあのとき、母もまた入院していて、家に帰ったら私一人で。父が発作を起こして危険な状態ですとの知らせをうけて、かけつけて無事だった事を確かめたあと、暗い病院の誰も居ないロビーでタクシーを待つ間に、静かに流れる有線で、この曲のインストゥルメンタルが流れて来たことが思い出されます。心細さがあの時、やわらいで、そして「音楽が暖かい」ことを身体の中心で、嘘でなく、ほんとうに感じられたなと。いろんな体験が私に音楽を信じさせてくれるのです。自分も真っすぐに、心してやっていかなくてはと思いながら書きました。読んで下さった皆さん、どうもありがとう。

…♀…
posted by masta.G at 01:23| 大阪 ☀| Comment(0) | マル秘話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

BAGUS NIGHT vol.3


vol3posterMain_Blog.jpg


清水武志プロフィール
JACK LION  0…_ 22-0343_1.jpg(ピアニスト・作曲家) http://followfukano.com/

1963年11月19日生、大阪芸術大学文芸学科中退。中学一年の頃、ラジオでベニ−グッドマン(Cl)を聴きジャズに目覚める。中学2年のクリスマスイブに作曲家兼キーボードプレーヤーの松尾泰伸氏に師事。その後高校入学と同時にジャズピアニスト藤井貞泰氏に師事。大学入学の頃よりジャズピアニストとして関西,関東,四国等でライブ活動を行なう。

二十歳の時、兵庫のローカルテレビ局『サンテレビ』の番組『神戸ニューアングル』にて『二十歳を迎えるジャズピアニスト』として取り上げられる。その後ベーシスト西山満氏のバンドを経て92年に伝説のロックドラマーベーカー土居と自己のオリジナルバンド『E.D.F.』結成。

E.D.F.の活動の他に、Gontiti、古谷 充(As)、渡辺裕之(Ds)、清水潤(Ds)、石田長生(G)、村田 浩(Tp)、ジミー・スミス(Ds)、NAOH(As)、MITCH(Tp)、木村充揮(Vo)、KAJA(Vo)イライジャ・リ−バイ(Vo)中路英明(Tb)等など東西内外問わず様々なジャンルのミュージシャンの方々と共演。

05年には『高槻ジャズストリート』にゲスト出演のため来日した世界的なジャズピアニストのバリー・ハリス氏にピアノ演奏を絶賛される。

アルバムの方では95年に新井雅代(Vo)とのアルバム『From Me ToYou』を発売。
01年黒田征太郎氏のジャケット絵で待望のCD『E.D.F.』を発売。
06年全国発売された『シカゴロッカーズ』のアルバム『ナニワジャングル明日はなし』に参加。
07年秋に発売されたボーカリストなかばやしのりあき率いるthink pink syndicateのアルバム "no need"『無用』に参加、ピアノ演奏以外に自らのオリジナル曲『EmptyHeart』を提供。
08年4月に『E.D.F.』のセカンドアルバム『SALVATION BY FAITH/E.D.F.』を発売。
10年5月には『E.D.F.』のライブ盤『Live at Kozagawa』を発売。

またパナソニックVIERA(テレビ受像機)のショールームに於けるデモンストレーション画像のジャズバージョンの作曲を担当するなど増々オリジナルジャズの世界を拡げる。

『みんな、ジャズはロックやで!!』をモットーに、ジャンルの垣根なく、ただひたすらオリジナルな音楽を追求する異端児。


武井 努 プロフィール
ef55.jpg(サックス・プレイヤー)http://www.kh.rim.or.jp/~takei/

高校時代にジャズに出会い、独学にてSaxやFluteなどを習得。大学在学中からジャズを中心に本格的な音楽活動をはじめ、神戸を拠点として関西の重鎮から若手まで、様々なジャズミュージシャンとのバンド活動、セッション、共演を行う。
またジャズと並行してその他のジャンルの音楽にも積極的にトライし、当時一世を風靡したモダンチョキチョキズやWooden Pipe等にも参加する。卒業後も、仕事と両立しながら地道に音楽活動を続けていたが、その限界を感じ、2001年音楽に専念する道を選ぶ。現在、数々のバンド、セッションなどにおいて精力的に活動中。

また演奏のみならず、作・編曲、コンピュータミュージックも手がける。自己のスタイルを確立しつつも、演奏するジャンルにこだわらない幅広い音楽性で、ジャズからロック、ポップス、スカ、レゲエ、ファンク、ソウル、ボサノバ、サルサ、即興音楽など、様々なジャンルをこなす多才なプレイヤー。最近は舞台役者にもチャレンジ中で、また別の個性を開化させている。

最近のCD作品
「Human Watcher/ Word Of Forest」
「Life In Perspective / Pacific Bridge」
「Salvation of Faith / E.D.F.」


BagusNight3_FinalSmall.jpg


チケット購入・予約の電話番号はフライヤー内に記載しています。当日清算券としても使えますので、プリントアウトしてお使い下さい。


…♂♀…


posted by masta.G at 02:26| 大阪 ☀| Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

黒人作家 Brooklen BorneとB&G


BB.jpg


(今回は、chi-Bのブログより編集&転載しています。)

上の写真の男性、Brooklen Borne (ブルックリン・ボーン)と知り合ったきっかけはインターネット(Myspace)を通してでした。知りあってすぐに、日本の私に自分の書いた本を送って来てくれたのが始まりでした。その本のタイトルは『Being Homeless Is Not an Option』。

Being5B25D.jpg


ニューヨーク生まれの黒人作家ブルックリンの描き出す黒人男性の物語。ある朝、突然に仕事をレイドオフされたことが理由で、贅沢な暮しを望む弁護士である奥さんに捨てられ、同様に置き去りにされた幼い娘2人をかかえてホームレスになっていく主人公は、両親をニューヨークの飛行機事故で亡くして以来、ニューヨークを避けていたけど……。音楽(サックスの演奏)と周りの友人や家族の優しさを通して、自分の人生を切り開いて行く物語です。もちろん英語で書かれてはいますが、そんなに複雑な文法も無くて、黒人特有の言い回しは多々あるけれども、それがまるで私の大好きなブラック・ミュージックを聴いているような心地よさであったことも手伝って、すぐに読み終えました。

さっそく感想を送ると、自分のウェブ・サイトのレビュー欄に日本の大阪在住のレコーディング・アーティストからのレビューとして掲載してくれました。本のお礼にchi-B&masta.GのCD『TAXI 2009』を送ったら、「車を運転する時や、家のリビング・ルームでくつろぐ時に聴いてるよ。」との嬉しいメッセージが来ました。私を日本語と英語の両方でR&Bとrapをするアーティストだと、出演したラジオ番組でもよく紹介してくれていて、それもまたうれしいことです。自分の作った音楽が、アメリカ南部の街、アトランタ ジョージアで、黒人さんの運転する車の中で鳴っていることを想像すると、ブラック・ミュージックを愛する身としては本当に幸せです。これはまだ小さいことかも知れないけれども、長年の夢が一つ叶ったとも言えるのです。

今日、家に帰ったら、玄関の椅子の上に海外からのパッケージが置いてあるのがすぐ目に入って…来た来た!…中身は分かってました。彼から送られてきた新作『THE WRITE LOVER』です。

BBbook2.jpg


フィクションだけど、私達の音楽と同様にきっと生きて体験してきたことがモチーフになっているに違いないことが、文章の端々から感じ取れます。それが私を惹きつけてやまないエッセンスなんじゃないかなあと感じています。一人一人、人間が生きて暮らしている時間の積み重ねは、振り返れば膨大な厚みで、でもあっと言う間に過ぎて来たようでもあって、宇宙は広大だけど、人の心の深さも計り知れないほどなんでしょうねぇ。忘れてしまうことの方が多い人生の出来事だけど、今の私達のモノの考え方や生き方を築いてきたのは自分達の経験そのものですよね。そして先祖から受け継がれてきたDNA(アデニンとチミンとグアニンとシトシンの配列…デオキシリボ核酸…こう言ってしまうと何か情緒のかけらも無いねんけどネ。)その融合したものが、この気持ちや心なんかなぁ。

『THE WRITE LOVER』を読み始めようと開いた時、直筆サイン入りの私へのお礼のメッセージを書いてくれていて(お礼を言ってもらうようなことは本当はしてないようにも思って恐縮しつつ)、その次のページを開いたら、acknowledgment(感謝)を贈る人々のリストがあって、なんと嬉しいことに私の名前もリストに掲載して下さっていました。自分の名前も然ることながら、その後に続くfrom Osaka, Japanの文字がなんだかちょっと誇らしいです。

BBbook3.jpg


くねくねとしながらそれなりに長く生きてきて、外国の小説に自分の名前がスペシャル・サンクスの欄に載ることなんて生まれて初めてのことで、これまた恐縮しつつも大変よろこんでいます。お互いに刺激を与えつつ、生きて体験したことを糧に何かを創造して行く仲間なんだなあと改めて気の引き締まる思いもしながら写真に収めてみました。ありがたいことです。音楽をやり始めてから、やっと素直に”友達”と言える人に出会えたのは、masta.Gの予言どおりでした。私には知り合いはいても友達がいないと言った時に、「社会の中でちゃんと生きて、人とかかわって、真剣に生きてないからや。」と言われたことが今また思い出されます。

秋に出版される新作『Savannah(サバンナ)』には、なんとchi-B&masta.Gというタイトルの章が設けられていて、その中で主人公とかかわりのあるという設定の私達が、clubでLIVE演奏をしている場面も盛り込まれていると、Brooklenからメールをもらって、なんとも感無量であり、そして、背筋の伸びるような心持になっています。うれしくて、そして刺激的です。音楽をやっていると、魔法みたいな瞬間がときどきやって来るもので、それがまた次へのステップを踏み出させてくれるようなことの繰り返しです。がんばろう、もっともっと行きつくところまでall the way,本気でやりたい。


chi-B&masta.Gの音楽の試聴とダウンロードはMusic Forteでよろしくです。

…♀♂…





posted by masta.G at 01:50| 大阪 ☁| Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。