2012年07月18日

masta.Gのレコーディング・ディレクター物語(5)他愛もない僕の唄だけど


(5)他愛もない僕の唄だけど

さきほど、chi-Bから電話があり、2008年に松山の児雷也 のぶさん(上隅信雄さん)が亡くなられていたことを聞き、南無阿弥陀仏、お線香を立てて、レコードを飾って手を合わしています。1977年デビュー。レコード、ドーナツ盤の時代。A面『他愛もない僕の唄だけど』B面『大変御無沙汰しています』(バンド児雷也カントリー・バンド・サウンド。詞もよく、こちらをA面に!という意見を僕は出したりもした。)他愛もない…この曲は、いまも根強いファンの人たちにカバーされています。

♪淋しいのは 君ひとりじゃない。誰でもみんな 淋しいはず。他愛もない僕の唄だけど 少しは君を なぐさめられるだろう。少しは君を 幸せにできる♪

良い曲です。当時、僕は松山につくなりYAMAHA松山店の店長さん、皆さんにご挨拶に行った。そしてその後に行った児雷也のホール・ライブ。小さなホールだったが、いっぱいお客さんが入って、いいライブだった。打ち上げで、その時はわからんかったけど、彼の店で酒を飲ませてもらい、えらく気を使っていただいた。歌まで歌って下さった。

その後、大石五郎(司会者)も伴って、渋谷エピキュラスでライブ。そのスタジオで、イントロにシンセ・メロをムーグ・シンセサイザーでダビング。黄昏のオレンジ色が見えた。その次の日、ジャケット写真撮影。あの佐藤ヒデキさんと朝早くから千葉県手賀沼へ。舗装されてない道で、古いバス停があればいいのだが…車で走り続けた。バス停のある場所はみんな舗装されている。時間があったらロケハンできたのなあ、と、走っていると、あった!舗装のされていない道。手賀沼のほん横。「その辺のバス停ひっぱってくるか!?」「佐藤さん、そんなことエキマヘンがな。」夕方、いいルクスになってきた。「道の向こうから、タバコふかしながら歩いて来て下さい。」ちりちりのパーマ頭にサングラス。ラフなまっ白なシャツ。うつむいて歩いて下さい。バックの道をぼけさせて、今と違ってアナログの、いい写真が撮れた。

デザイン室に行って、手書きのタイトル文字を入れて下さい、と頼むも、「そんなの自分で書けよ!」とデザイン室長。僕と佐藤さんはデザイン室と仲悪かった。写真のトリミングは写真家 佐藤ヒデキの作品のまんま。その幅にあわせて、タイトル文字を、何回も何回も自分で書いた。夜中じゅう書いて、朝になってた。割り箸を削って、インクをつけて、書き続けた。朝、佐藤さんとミーティング。その中からの一枚をデザイン室に持って行った。彼(のぶさん)の言葉。「僕のような、松山の田舎者が売れますか?」数週間後、YAMAHAさんの力も得て、オリコンのランキングに入ったのを覚えている。

これがそのジャケットです。
jiraiya.jpg


P.S.
3〜4年前、佐藤さんと電話で話していたとき、彼が「加川良さんが児雷也に会って、辻川の話しとったて云うてたよ。松山に居ったらしいわ!」と言ってくれたのを思い出してます。

…♂…
posted by masta.G at 16:51| 大阪 ☁| Comment(0) | ミュージシャンを目指す人へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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