2013年02月28日

6月30日LIVE!…ギタリストkazh


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僕のrespectするギタリスト、トラック・メーカーにkazh(浜谷和彦)という人がいます。彼は58歳の若さで他界してしまいました。僕がこうして音楽をしていられるのも、彼の力が大きいです。彼は、アメリカLAで20数年間、生活をしておりました。大阪芸大では、映像を勉強しつつ、ギターひと筋に生きておられました。僕と同い年だった彼は、アメリカに来るように僕を引っ張って下さいました。ビートには大変うるさい人で、ギター・プレイやトラックを聴くと、そのブレない音楽生活とテクニックに、頭が下がる思いです。

彼はアメリカ生活で、元アース・ウィンド・アンド・ファイヤーのギタリスト、Johnny Graham(ジョニー・グラハム)さんにギターを習って、生活を共にし、すっかり、日本にいた時のプレイを捨て去り、素晴らしいギター・カッティングを聞かせてくれました。日本の音楽とはまったく違う、本場アメリカの黒人音楽、HIPHOP、R&B、Funkの中に溶け込んでいました。僕は、ずっと彼から、16ビートのタイトさと、On the ONEについて聞かされ、「それが出来るまでLIVEはするな!出来てるヤツとやれ。」と云われていました。と、言うわけで、僕もアメリカLAに住むことになったのでした。そうして、chi-Bちゃんも、僕が、音楽の道へと引っ張り込んだというわけです。

3.11の数年前に、彼は生活の場をLAから東京へ移し、若手ミュージシャンに16ビートを教えることになったのですが、3.11の大震災と原発事故で、ずっと怒りながら、その住みかを東京から福岡へと移住した矢先、彼は癌でこの世を去って行きました。2011年10月2日のことです。

時どき、chi-B&masta.Gは、空の星を見上げて彼のことを思います。「淋しいな。」「彼のギター・プレイを日本のみんなに見て欲しかったなぁ。」と、彼を偲んでいます。今、chi-B&masta.Gがコンサートができるのも、彼のお陰だと感謝しています。彼は、「グルーヴができるまで、LIVEをするな。」とよく言いました。僕は彼に、「一生のうち、何回LIVEするつもりなんや!いつまで生きられるんや!!音楽は社会に対して奉仕するもんや。」と言い返したのでした。彼はあっという間に、その言葉に応えるように死んでしまいました。彼の音楽はCD-Rになって、その姿は人前に出ることなく、死んでしまいました。『OSAKA』『金色の月』『平和RAPPA』『TAXI』『知らんふり知らんぷり』『Smile 4 Me,笑ってごらん』『Flying Bird』『16ビートに恋した乙女の物語』『Silent Prayer』等々の作品というウンコをまき散らしながら。

彼のギターを聞くことを幸せだと思い、今も彼のバックトラックとともに練習とLIVEをすることを続けています。彼といっしょにLIVEをしたかったなぁ〜と思い、6月30日は彼がいてると思いながら、つまらん日本の行政や政治を踏みつぶして、そこに集中することになります。KG-Kさんや清水興さん、糸川燿史さん、chi-Bちゃん、そしてスタッフの人々と共に、楽しいひと時になります。コンサートの最後は、彼の写真をスクリーンに映して終わりたいと思っています。On the ONE、僕たちはずっとビートをKeep Onし続けるだけなんです。糸川さんの言葉にあるように、「わかってもらおうなんて思っていません。」Keepし続けるだけです。Keep On、ただそれだけです。Keep On!

…♂…
posted by masta.G at 01:37| 大阪 ☀| Comment(0) | B&Gニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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